精霊15回日記

 年の末。
 クリスマスイヴの賑やかで騒がしく、華やかなパーティの時は終わった。
 明けて翌日、人々はまだクリスマスの一日を楽しみ、再び夜はやってくる。

 人間と同じ形での眠りを必要としない守護精霊である少年は、風奏が眠る枕元に置かれた紅秘石の内側から、その日も静かに佇んでいた。
 風奏とともに行動することを選んでから、随分と賑やかな日を過ごしているようにも思う。それはかつて彼が守護する大地を、同じ守護精霊の仲間や人間の《守護者》とともに見守り、あるいはある時は自らの分身を《真紅宝珠》に移し、風奏と同じような少女と大陸を冒険していた時のように。
 "闇"の手により蘇った『原初の神』を名乗るあの存在に襲撃され、その力を奪われてからの自分は、焦燥感ばかりが先走り、余裕がなくなっていたのだろう。
 今でも早く力を取り戻し、かの世界へ戻って大地と守護を受けるべき者たちを取り戻さねばという気持ちは勿論ある。だが風奏とのリンクを続ける中で、彼女をはじめとする、今ここにいる者たちへの想い、というものも、確かに存在しはじめていた。

 例えば、今現在風奏と寝食をともにしているこの娘。
 彼女はここしばらくの間、自らが企画したパーティを成功へと導くため、朝は早くから夜も遅くまで、随分と奔走していたようだった。無論、紅秘石に宿る身では風奏から一定の距離を置かれれば彼女が何をしていたのかということを知るだけの能力は、今の自分には備わっていない。つまりはこの部屋にいるとき、が主であるのだが、それでも十分に分かるくらいに、彼女のそのパーティにおける努力というものを見て取ることができた。
 彼女のその行為を、商人としての打算的なもの、単なる売名行為であるものという声も当然ある。だが、数多くの人間を見てきた精霊少年にとっては、これまでの行動が、ただそれだけのためではなく、参加者への気持ちに溢れたものであるということはしっかりと感じ取れた。


 そんな彼女に異変があったのは、この数日のこと。
 理由こそ不明であるが、風奏の眠る時間帯、彼女が傷ついて部屋へと帰ってきたのだ。

 ひどい傷というわけではなかったが、普通にしていればそれとわかるくらいの傷。
 訝しくは思ったが、彼女自身はどうやらそれを風奏や他の皆に悟られぬように手当てをし、化粧や何かで誤魔化しているようだった。
 それを風奏に伝えることは容易いことではあったが、当人が秘密にしようとしていることを、思いもよらぬ形で風奏に知られるということは本意ではなかろうと、何も言わずにいる。何か更なる異変があれば別ではあろうが、取り敢えずそれ以上の事態は今のところ精霊は感じ取ってはいない。


 クリスマスの今朝、彼女がプレゼントを配るためであろうか、荷物を持って部屋を出る前。


「………メリー、クリスマス」


 そういって枕元へと置いていった靴下。その中には、風奏だけではなく、自分宛のプレゼントまでもが納められていた。


「わざわざミナミちゃんがプレゼントしてくれたんだからね、感謝しなさいよ?」


 目覚めた風奏がひとしきり自分へのプレゼントに感謝し終えたあと、自分に言った言葉だ。肩を竦めて視線を背けたが、その気持ちは十分に感じ取っていた。






 クリスマスのこの夜は精霊力が満ちていた日。普段は精霊力を消費することを嫌い、自ら姿を見せることをしていない彼だったが、何か思うところがあったのか、紅秘石の中からうっすらと具現化をする。

 音もなく冷たい床に降り立つと、眠っている風奏の枕元に飾ってあった、橙色の蝋燭に向けてふっと吐息を吹きかける。するとその先端に、ほんのりとした明かりが灯った。
 霊玉原石の欠片が混ぜられたその蝋燭の明かりは暖かく、部屋中をほの紅く照らしている。明かりが瞼の裏を照らすのか、眠る少女は僅かに寝返りを打って姿勢を変えたが、目覚めるというわけではなかった。

「メリークリスマス、か。……気の遣いすぎだぜ」

 明かりを見下ろしながら呟く少年の様子は普段よりも随分と穏やかで、その口元は蝋燭の明かりのように暖かく、ほんのりと緩んでいた。




 明けた翌日。
 小さな涙滴型の紅に煌めく小さな石が、娘の机の上に置かれてあった。
 メッセージはなく、そこには燃えるような紅の髪の毛を見つけることができるだろう。